なぜ日本だけが長期デフレなのでしょうか。過去には、日本だけが高度経済成長していました。(なぜ日本だけが高度経済成長できたのか。その行動様式とは)両者は「日本だけ」の現象という共通点があります。
同じ日本での現象だから、高度経済成長期にはうまくいっていた行動様式をそのまま実行して、環境に対応できなくなったと考えても不思議ではありません。それが日本の長期デフレの要因と考えます。その行動様式を「追いつけ追い越せ行動様式」と名付けました。(日本の長期デフレの要因「追いつけ追い越せ行動様式」とは)
この「追いつけ追い越せ行動様式」を使って、なぜ日本だけが長期デフレなのかを説明してみます。
「追いつけ追い越せ行動様式」での行動を箇条書きにすると以下のとおりです。
①優れた製品を真似て同じような製品を作ります。
②製品の評価基準の延長線上で絶え間なく改善・改良を続けて、真似た製品を追い越そうとします。スペック向上、コスト削減、不良品削減、携帯性向上などに挑みます。
③オリジナルの製品を作る場合、真似た対象と同じような完成度の高い製品を作ろうとします。
④「追いつけ追い越せ行動様式」で説明できる内容には果敢に取り組みますが、説明できない内容には及び腰になります。
⑤企業の行動様式だけではなく、技術的側面では、人の教育においてもこの行動様式で動きます。
日本は高い水準まで、経済発展しました。そのため、優れた製品を真似て同じような製品を作ろう(上記①)としても、対象となる商品がほとんど無くなってしまいました。
日本企業の強みは自律的に改善・改良を行うことです(上記②)。スペック向上、携帯性向上、不良品削減なども自律的に行います。しかし、技術導入する対象が少なくなり、過去に多くの改善・改良をした後では、改善・改良する余地が少なくなりました。
日本企業は進歩するために頑張ろうとします。その結果、1つの分野が改善・改良できる余地がありました。コスト削減です。
つまり、日本企業は、これまで行ったように「自律的に」改善・改良をやろうとした結果、改善・改良を行う領域が狭くなり、他の領域でできなくなった労力をコスト削減に振り向けたのです。
技術的側面では、技は盗むものと教えられ(上記⑤)、人的資本投資は少ない状態ですし、それも、経営が苦しくなればどんどん削減されます。(日本の経済成長及びデフレ脱却が難しいと語る3つのデータの無形資産投資の人的資本投資を参照)そのため、オリジナルの製品を作ろうともしますが、他企業に真似されないために、これまで真似た対象と同じような完成度の高い製品を作ろうとしていたこと(上記③)から、取り組みも限られた数しかできません。意志決定でも、「追いつけ追い越せ行動様式」で説明できる内容には果敢に取り組みますが、説明できない内容には及び腰になる(上記④)ため、ますます「自律的に」コスト削減を進めようとします。
さらに、1998年からコスト削減の取り組みをより促進するには良い条件が生まれます。失業率が上昇し、労働需給が緩和しました。人件費削減の目的で、成果主義を導入したり、非正規労働者が増加したり、人件費を削減しやすい環境が生まれました。
これまでの成功体験で成果を出すことが求められていたために、その勢い(組織的慣性)もあって、コスト削減は自律的に取り組むべき主要な課題となりました。幾つかの業種では、如何に非正規労働者を効果的に使うのかが主要な課題となりました。
このように企業が「自律的に」コスト削減を行うようになったことが、日本の長期デフレを促進させる要因と考えられます。もちろん、1998年以降の名目賃金の低下が需要を減退させることによって、悪循環を促進しました。しかし、「追いつけ追い越せ行動様式」が定着していなければ、ここまで長期デフレは起きなかったと考えます。
現在、多くの外国人観光客が日本に訪れています。バブル崩壊時には、物価が高すぎて、とても観光に行けないと言われていました。円安の効果があるのも事実ですが、多くの製品やサービスがコストパフォーマンスに優れていると、多くの外国人観光客に評価されています。
家電製品だけに限りません。観光客に身近な外食店、スイーツ販売店だけでもありません。ドラックストアに外国人が多く訪れるのは今や日常になってしまいましたが、最初の頃は大変驚きました。100円ショップ、コンビニ、加工食品、文房具なども対象です。それらの評価は、これまでの長期デフレの間に、企業努力によって、コスト削減が行われたことによるものと考えます。
デフレが貨幣現象であるならば、外国人にコストパフォーマンスが優れていると評価される現象を説明できないと考えます。
吉川 洋 東京大学名誉教授は、『デフレーション―“日本の慢性病”の全貌を解明』の中で、
「デフレは、日本企業のイノベーションに対して、そうした「プロダクト・イノベーション」からコストカットのための「プロセス・イノベーション」へと仕向けるバイアスを生み出した。これこそが、15年のデフレが日本経済に及ぼした最大の害悪なのではないだろうか」(211頁)。
「なぜ日本だけがデフレなのか、という問いに対する答えは、日本だけで名目賃金が下がっているからだ、ということになる」(212頁)。
と主張しています。
つまり、日本はデフレによってプロダクト・イノベーションが少なくなってしまい、コスト削減ばかりに走って、名目賃金を低下させ、デフレを助長させた、と言っているのです。
どちらが鶏でどちらが卵かの議論はあります。私は、日本企業の「自律的」改善・改良の延長線上のコスト削減が先であり、この悪循環を促進する要因と考えます。それは、1994年から消費者物価の対前年比が1%以下の低い水準で推移(消費税を増税した1997年と2014年、ガソリン価格等が上昇した2008年を除く)していることからも裏付けられます。
経済学者の多くは日本企業にデフレマインドが定着していると考えているようですが、近年の「日本企業のコスト削減意識」と「デフレマインド」は全て同じではないと考えます。(「デフレマインド」と「日本企業のコスト削減意識」との違い)
デフレが貨幣現象と考える人々は、デフレによって企業がコスト削減したため、と考えるでしょう。確かに、その側面はあるでしょう。
しかし、日本の長期デフレは単なる結果と見ると、現象に対する認識が大きく変わってきます。
日本の長期デフレが続いている背景には、世界的に特殊な日本の労働制度があります。(他国の労働制度では長期デフレに耐えられない)
日本がデフレから脱却するには、「追いつけ追い越せ行動様式」の一部を修正して、この行動様式にない、今の「日本企業が挑戦したがらない」分野に挑戦することが必要と考えます。
なお、それは高度な研究に多大な投資を行うことではありません。確かに、それは1つの選択肢ですが、リスクの高い投資です。もう少しリスクが低い投資で、「追いつけ追い越せ行動様式」で行う行動よりもリスクの高い分野です。
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