公共投資の波及効果が小さくなった要因の1つは、公共投資を受注する企業の先行き不安が挙げられます。
このWebサイトで比較対象としている1977年(昭和52年)との大きな違いです。
1977年(昭和52年)の交通網の整備状況は、山陽新幹線が1975年に開通し、新東京国際空港(成田)が1978年に開港します。
高速道路網は既に名神、東名は建設が終わっており、中国自動車道、東北自動車道が建設途上にあります。
交通網の整備はこれからまだまだ伸びていくことが明らかでした。
今はそのような主要幹線交通網は既にほとんどできあがっています。
まして、国が多額の借金を抱えていて、景気対策でなければ、多額の公共投資ができる環境にないことは多くの人が認識しています。
このような状態の中で、将来も多額の公共投資が成されるに違いない、と考える公共投資の受注企業の社長がいるでしょうか。
本気でそんなことを考えている社長であれば、その企業は危ないでしょう。
普通は受注が減ることを見越して、何らかの手を打とうとするでしょう。
口では違うことを言っていたとしても。
借金があれば借金を返すでしょう。
借金がなければ貯蓄をしたり、投資したりするでしょう。
彼らは雇っている人々を将来に渡って養わなければならないという意識があります。
そうなれば、将来どうなるのかわからない公共事業関連の分野で積極的になれないはずでしょう。
地方の土木業を営んでいる企業が農業に新規参入したことをテレビで紹介されていました。
農業でなくても良いが、何らかの異業種に参入することも考えなくてはならないと思っている社長も少なくないはずです。
私が比較対象としている1977年(昭和52年)とは、公共事業の受注企業の投資環境が大きく異ります。
1977年(昭和52年)ならば受注した公共事業と同じ分野を広げるための投資を積極的にしていたはずです。
その分野の投資が現在では積極的になされないのは当然のことです。
その分、公共投資の波及効果は小さくなったのは明らかです。
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